心理的安全性を向上させるための6つのヒント
「心理的安全性」という言葉は、以前は聞き慣れない言葉であったが、最近はビジネス界で一般的に浸透し、広く周知される言葉となってきている。
心理的安全性の提唱者であるエイミー・C・エドモンドソンは「心理的安全性とは大まかに言えば、みんなが気兼ねなく意見を述べることができ、自分らしくいられる文化のこと」と述べており、イノベーションやダイバーシティマネジメントの重要性が増す中で、これらの活動を効果的に加速させるためにも心理的安全性が高い組織作りを必要とするケースが多くなっている。
心理的安全性の向上がどのようなメリットをもたらすのか、従業員と会社側の視点から考えてみたい。

なぜ、心理的安全性を向上させる必要があるのか?
従業員の視点
自分が抱いているアイデアや考えを組織内で自由に気兼ねなく話せることは、自分らしさを発揮したり、本質的に価値があるものを創造していく上で必要不可欠なものである。また、ワークエンゲイジメントの向上や職場満足度の向上にも直結していくものでもある。
自分(達)が提案したアイデアが上手く実現した時には成果や充実感を感じると共に自己成長欲求や貢献欲求も満たされるものになるであろう。また、本音で話し合える仲間との時間は人と人とのつながりを強固なものとし、社会的欲求を満たすものとなる。

管理職だけでなくメンバーも参画して心理的安全性の高い職場作りのポイントを学ぶ
会社側の視点
心理的安全性の向上により、従業員から多様な意見が出てくることはボトムアップ、ミドルアップ型の経営革新や改善を促す源泉となる。また、従業員のワークエンゲイジメントの向上は組織の活性化や生産性向上を生み出し、企業の競争力強化に結びつく。また、従業員の離職の防止や会社の魅力度向上に伴う優秀な人材の確保にも寄与するものとなる。
パワーハラスメント等のリスクが高くなっている今日では、危機感を煽ったり、力ずくで部下や組織を統制するマネジメントが難しくなってきており、従業員の主体性を引き出し、人材を大切にしながら有効活用するマネジメントが求められている。このような面からも心理的安全性のマネジメントがもたらすメリットが大きくなってきている。


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心理的安全性を高めるための職場作り
今回は、「心理的安全性を高める職場作り」を推進するためのポイントについて解説したい。
心理的安全性が高い職場ではメンバーが粗削りで斬新かつ挑戦的な意見を提案してもこのような考えや姿勢を持つこと自体が肯定され、個人個人の人間性や独自能力・スキルの尊重の下、各メンバーが安心して周囲に協力は支援を求めることができる。
それではこのような心理的安全性が高い職場をつくるにはどうすれば良いのであろうか。今回は私が推奨する3つのポイントに絞り紹介したい。
ポイント①:斬新なアイデアを多く出すことがヒット商品や良いサービスを生み出したり、効果的な改善や改良につながるという考え方の組織内浸透
アレックス・F・オズボーンが提唱したブレインストーミングの活用なども良いであろう。「批判厳禁」「自由奔放」「量を重視」「他者のアイデアに便乗する」のルールを設け、皆で自由なアイデアを出し合い、創造的な発想を促す手法心理的安全性が高い組織文化を作るのにもうってつけである。
各種ビジネスフレームワークとセットにした活用も効果的である。皆が前向きな興味を抱き、面白く、共感しやすいテーマからはじめ、成果とアイデア創出プロセスの両面での成功体験を積むことで「斬新なアイデアを自由に出し合うことは良いことだ」「組織発展の新しい可能性を生み出していくものだ」というメンバー間の共通認識が高まっていく。

ポイント② 多様性の理解とメンバーの肯定的な側面を認識し引き出す力の向上
多様性の理解とメンバーの肯定的な側面を認識し引き出す力の向上。
基本的にはDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)の推進であり、理解を深めたい方は日本生産性本部のホームページもご参照願いたい。

私がここで付け加えておきたいこととしては「どんな意見であってもその人にとっての肯定的な意図がある」ということである。そして、その考え方が生じているその人の背景や価値観、価値基準(良し悪しの判断基準)、思考パターンを皆が洞察したり理解することが出来るようになるとチームの中で他者を低く評価したり、敵対的な態度を取る人が激減する。加えて、発見した相手の良さをどう活かせばチームにとって有益になるのかという発想が芽生えるようになっていく。

従業員がDE&Iを自分事として捉えるための、
組織に課題に合わせた最適なアプローチ

おさえておきたいキーワードとポイント解説
ポイント③ コミュニケーション系スキルやテクニックの学習と活用
職場において心理的安全性を高めていくにはメンバー相互の信頼関係・尊重、オープンネス、共感、個々の主体性、成長意欲、チャレンジによる失敗の受容(失敗は成功のもと)というような組織風土の醸成が望まれる。

このような状態を生み出していくために、組織メンバーが、コーチングスキルやポジティブ心理学にも続いた会話テクニック、EQ(心の知能指数:自分やメンバーの感情を上手に管理し、利用することで前向きな感情を生み出す能力)を学び組織内活用を推進していくことなども有益である。
会社や組織として不慣れな場合は初期段階において外部講師等を活用することも良いであろう。是非、実践してみて頂きたい。
イノベーションや改善の促進と心理的安全性
両利きの経営
今回はイノベーションや改善の促進と心理的安全性の関係について考察したい。
スタンフォード大学経営大学院教授のチャールズ・A・オライリーらが提唱した「両利きの経営」の考え方は日本のビジネス界でも広く普及し、事業が成熟(成功)するのに伴い、知の探索(新しいアイデアや事業モデル等の探求)よりも知の深化(既存事業の深堀)に偏っていく傾向にあるという考え方が多くの企業に認知されているところである。そして、両利きの経営の推進に課題認識を持ち、知の探索を強化しようとしている企業が増加している。

管理職だけでなくメンバーも参画して心理的安全性の高い職場作りのポイントを学ぶ
知の深化と成功の罠
知の深化に関し、成熟事業で生じやすいサクセストラップ(成功の罠)について補足説明をしておきたい。パターン化された既存業務は大きな成功がなくても失敗や無駄が少なく、効率的であり、日々の業務を安定的に回すのには適していると言える。過去の成功を導いてきた基本的な考え方や取り組み手法は組織内で暗黙の合意事項となっている場合も多い。また、このようなことをしっかりと守り、実践してきた人が管理職や役員になっている会社も多く、これらを踏襲することがその人達の社内での存在感や優位性に結びついていたりする。

そうした環境下で既存の枠組みを外れる意見を言うことは暗黙の合意事項や規範に反する提言となりかねない。保守的な人達からは煙たがられ、場や組織の空気を読めない人間だというレッテルを貼られてしまう場合もある。そこまでではない組織でも粗削りなアイデアを皆で補強し、可能性を拡げていくということよりも斬新なアイデアに対する駄目出しや揚げ足取りのような発言で潰されていくということがよく生じる。批判に対する耐性が低い提案者はこのようなマイナスの経験を積むと上司や周囲の顔色を伺い、既存の組織規範、上司や周囲のメンバーの考え方に沿った提案しかしなくなりがちである。
規範やプロセスを変える
前述のような原理を認識しておかないと、表面的に両利きの経営を推進しようと会社や組織で謳っても、結局のところ大きな変化は生まれない。そもそもイノベーションを生み出すとは既存の枠を飛び出すことであり、それは結果(成果)としてのイノベーションだけを見るのではなく、イノベーションを生み出すために規範やプロセス自体を変えることが必要ということでもある。そして、心理的安全性の向上はイノベーションを生み出すために規範やプロセス自体を変えることとセットになるものであり、新しい発想やアイデア、意見を生み出し、組織内共有と共創を加速するために必要な手段・ツールと考えるべきものである。

改善にもレベル感があり、周囲の波風が生じない小さな改善もあれば、かなり大胆なインパクトが大きな改善もある。大胆でインパクトが大きな改善を生み出していくためにもイノベーション同様、心理的安全性の向上が有益である。
新たなチャレンジや失敗から学んだものが評価されるような組織になるとさらに効果的である。

慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程修了。EQグローバルアライアンス公認EQトレーナー他、数多くの心理学系の資格を有する。

管理職だけでなくメンバーも参画して心理的安全性の高い職場作りのポイントを学ぶ

生産性新聞2025年5月15日:「生産性を高めるビジネススキル Part26」掲載分
