不確実社会で常識破りを探す
ビジネスにおけるクリエイティビティの重要性
この連載ではクリエイティビティとビジネスについて取り上げていきます。日本の経営リーダーの中には、自分はクリエイティブなことはあまり得意ではないと思われている方も多いのではないでしょうか。グローバルビジネスにおいて、ビジネスにおけるクリエイティビティはこれまでにないほど重要になってきています。ビジネスリーダーに必要な素養の一つとしてクリエイティビティが認識され始めているのです。
ビジネスにおけるクリエイティビティとは、アイデア発想ができるといったことに留まりません。未来の兆しを捉え、あるべき姿をビジョンにして、成長を牽引する事業を構想し、企業を変革に導くリーダーシップのことを指します。この連載では、クリエイティビティとビジネスをテーマとしながら、サブテーマとしてパーパス、未来洞察、デザインなどについて触れていきたいと思います。

連載を始める前に少しだけ自己紹介をさせてください。私は、武蔵野美術大学が、美術大学が持つクリエイティビティをより社会に対してオープンにしていくために新規に設立した、造形構想学部クリエイティブイノベーション学科の教員を2021年から担っています。同時に、全人格リーダーシップの育成を標榜する新しいビジネススクールである大学院大学至善館の特任教授も務めています。デザインスクールでビジネスを教え、ビジネススクールでデザインを教えていて、両者を行き来することをライフワークとしています。大学に移る前は、博報堂でデザインの方法論を活用したコンサルティングに長く携わっていました。今も大学での教育・研究の傍ら、コンサルティングの実務にも携わっています。
クリエイティビティは不確実で複雑な事業環境を生き抜く術
さて、なぜビジネスにおいてクリエイティビティが求められるようになったのでしょうか。それは、クリエイティビティこそが、不確実で複雑な事業環境を生き抜く術の一つだからです。これまでの日本のビジネスは自動車産業のカイゼンに代表されるような効率化を中心に事業を拡大してきました。一方で、パンデミックを経て、私たちは、気候変動や生成AIの台頭など、これまでにはない不確実性と複雑性に満ちた事業環境に取り囲まれるようになりました。

例えば、自動車産業の未来を大きく左右するEVもこの不確実性に翻弄されています。テスラやBYDといった新興企業が台頭し、欧米政府の支援もあり一気に市場化が加速すると思いきや、地政学や経済安全保障を背景にした政策の転換もあって、急速に逆回転が起こっています。
生成AIについても同様です。技術革新とともに、倫理や規制など経済合理性以外の要素によってその将来はまだ不透明なままですし、時には推進派と慎重派の対立が顕在化し、社会が翻弄される事態も起こっています。このようにビジネスを取り巻く環境はこれまで以上に不確実で複雑です。このような環境下において、ある程度見通しの立った道を粛々と業務遂行する力よりも、創造的に自らの道を切り開き、変化に対応できるクリエイティブな力がマネジメントにも求められています。
クリエイティブなマネジメントの成功例 - 富士フイルムの『チェキ』
クリエイティブに未来を見定め、これまでにはない領域で新しい価値創造に成功した事例を一つ紹介しましょう。富士フイルムのインスタントカメラ事業instax(日本ではチェキという名称で知られています)です。2023年11月8日の日本経済新聞には「富士フイルムの純利益最高 4~9月期19%増、『チェキ』寄与」という記事が掲載されるなど、instaxは今や富士フイルムの成長を支える事業となりました。
画質の良さでも、利便性でも見劣りがするインスタントカメラが精密機器メーカーの事業成長を支えているという事実に多くの方が驚くのではないでしょうか。instaxは世界中の若者世代を中心に「エモい」とも表現されるアナログ的で情緒的な価値が評価されているのです。これはそれまで、画質や機能が価値だと信じられてきたカメラ事業にとっては大きな転換です。富士フイルムの経営リーダーはいち早くこの新しい価値を兆しとして捉え、大きなトレンドの変化として認識し、戦略的意思決定に反映することに成功しました。まさに未来の変化を捉え、これまでにない新しい常識を見定め、適応的に事業変革を行ったクリエイティブなマネジメントだと言えます。
このように、不確実で複雑な世界において、例えばEVのような、そうなるだろうと思われていた常識は時として大きく覆り、インスタントカメラの大復活のような、そんなことはあるはずないと思われていたことが新しい常識になり得るのです。
このような状況において力を発揮するのがビジネスにおけるクリエイティビティです。この連載では、ビジネスにおけるクリエイティビティを、未来の兆しを捉え、あるべき姿をビジョンにして、成長を牽引する事業を構想し、企業を変革に導くリーダーシップと捉え、そのためのキーワードとなるパーパス、未来洞察、デザインについて述べていきたいと思います。(4回連載)


岩嵜博論(いわさき・ひろのり)
博報堂においてマーケティング、ブランディングなどに従事。2021年より武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科に着任。専門はストラテジックデザイン、ビジネスデザインなど。
著書に『デザインとビジネス~創造性を仕事に活かすためのブックガイド』
(日本経済新聞出版)など。イリノイ工科大学Institute of Design修士課程修了、京都大学経営管理大学院博士後期課程修了、博士(経営科学)。
生産性新聞2024年5月5日号:「クリエイティビティとビジネス ①」掲載分
