価値創造型ビジネスのためのデザイン
デザインとビジネス
いよいよ本連載も最終回となりました。今回は、ビジネスにおけるデザインの可能性について述べていきたいと思います。デザインと聞くと、ポスターなどをつくるグラフィックデザインや、プロダクトなどの工業デザインのような領域を思い浮かべる方も多いと思います。こうした領域はこれまでも、そしてこれからも重要なデザインの専門領域です。
近年デザインは、こうした狭義の領域からより広義の領域に拡張しています。広義のデザインの領域では、デザインが得意としてきた造形の力に加えて、新しいものごとを構想する力が期待されています。私はビジネススクールでも教えているのですが、そこでの担当授業のテーマはデザインの方法論を用いたビジネス構想です。


なぜビジネスにデザインの方法論が必要なのでしょうか。それは第1回でも述べたように、ビジネスを取り巻く環境がこれまで以上に複雑で不確実になり、デザインの方法論はそこに向き合うために適切な方法論だからです。今までのビジネスは既知の市場においてロードマップ型の成長をしてきましたが、これからはそれに加えて非連続な価値創造が求められています。こうした価値創造型のビジネスにおいてデザインの方法論を活用できる領域が多く存在します。
私は昨年『デザインとビジネス』(日本経済新聞出版)という書籍を出版しました。ビジネスにおけるデザインの活用可能性を、関連する30冊の書籍の紹介とともに論じたものです。この中で、デザインの行動として三つの要素を挙げています。「共感・エンパシー」「統合・シンセシス」「試行・プロトタイプ」の三つです。一つずつ紹介しながら、それぞれの要素のビジネスにおける役割を説明していきます。
デザインの三つの行動
最初に「共感・エンパシー」です。デザインは、ユーザー中心デザインという言葉にも象徴されるように、対象となる人や環境に寄り添って考えることを重視します。そこで大切にされるのが共感です。共感とは、表面的に他者のことを理解するのではなく、他人の気持ちになって考えることができる力のことを指します。ビジネスはスマートフォンの普及によって、顧客体験による差別化の時代の最中にいます。顧客に共感し、顧客の気持ちになって商品やサービスを検討することが真の顧客中心のビジネスに結びつくのです。

次に「統合・シンセシス」です。物事を統合的に考えることの重要性は、本連載の第2回でもスマートフォンの事例を紹介しながら述べました。ビジネスにおける統合の重要性は、カナダのトロント大学ビジネススクール名誉教授であるロジャー・マーティン氏が著書『インテグレーティブ・シンキング:優れた意思決定の秘密』(村井章子訳、日本経済新聞出版社)の中でインテグレーティブシンキング(統合的思考)として紹介しています。マーティン氏は、ビジネスの価値創造は一見トレードオフに見える二つの要素を統合し、矛盾を乗り越えたコンセプトを創出することだと主張します。論理的に考えるだけではトレードオフのどちらかの選択となりますが、両者を創造的に統合することで、これまで誰もたどり着いたことのないイノベーティブな解を創出することができ、競争力のあるビジネスを実現することができるのです。

最後に「試行・プロトタイプ」です。プロトタイプには試作という翻訳が当てられることもあり、時間とコストをかけたものを想起する方も多いかも知れません。デザインが大切にするのはもっと短期間につくるラフなプロトタイプです。別名ラピッドプロトタイプと呼ばれることもあります。なぜ、コストや時間をあまりかけずラフなプロトタイプをつくるのでしょうか。それは積極的に失敗を重ねるためです。デザインでは、試行錯誤の失敗の中から斬新な解決策が生まれると考えます。まさに失敗は成功の母という訳です。そのために、学びのある良質な失敗を重ねる必要があります。プロトタイプによって構想を形に具現化することで、何がうまくいって、何がうまくいっていないかを把握することができるのです。

意味や感性に満ちた価値を創造する
駆け足でデザインの根幹にある三つの行動について説明してきました。ここで冒頭の造形領域から構想領域へのデザインの拡張という点に立ち返りたいと思います。広義のデザインは造形をないがしろにしているわけではありません。造形を内包しながら構想に拡張しているのです。構想領域においても大切にしているのは、造形領域から継承する美しさを信じることです。共感、統合、試行といった各行動において、その立ち居振る舞いや成果物は美しく調和が取れたものであるかを常に念頭に置きます。
これからのビジネスは機能だけでは価値になりません。意味や感性といった美しさが価値創造型のビジネスには求められています。デザインは複雑な事業環境下において、新たな時代を形成する意味や感性に満ちた価値を創造する方法論なのです。(おわり)

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岩嵜博論(いわさき・ひろのり)
博報堂においてマーケティング、ブランディングなどに従事。2021年より武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科に着任。専門はストラテジックデザイン、ビジネスデザインなど。
著書に『デザインとビジネス~創造性を仕事に活かすためのブックガイド』
(日本経済新聞出版)など。イリノイ工科大学Institute of Design修士課程修了、京都大学経営管理大学院博士後期課程修了、博士(経営科学)。
生産性新聞2024年9月5日号:「クリエイティビティとビジネス ④」掲載分