【経済学×生産性の最前線】第5回:「成果につながる行動」は営業タイプで違う

保険営業 資料の改善からタイプ別の行動支援まで

本連載の第5回では、ある大手保険会社の事例として、営業資料の行動経済学的なレビューと、調査・データに基づくタイプ分け・タイプ別の行動支援を紹介します。

膨大にある営業研究、日本では未活用

営業費用は莫大で、米国では年間9,000億ドル(135兆円規模)と広告費の3倍を超えます。それだけに経済学やマーケティングでは営業研究が膨大に蓄積されてきました。例えば営業の育成では、同僚から学ぶ「ピア学習」の効果が自分の試行錯誤を数倍上回ることが知られています。また値引き権限をどこまで委ねるかの研究では、委譲は利益を高めるものの最適水準があり、それが担当者の経験で変わることもフィールド実験で示されています。ところがこうした知見は日本ではほとんど知られず、営業は今も経験と勘の世界に留まっています。営業こそ、学知から学ぶ意義が大きいといえます。

属人化した営業を科学する

保険の営業はその典型です。担当者の関係構築力に依存する「属人的」な世界と言われ、優れた営業職員のノウハウは言語化されにくく、上位層と伸び悩む層の差も大きいのが実情です。紹介するのは、エコノミクスデザイン社の案件として筆者らが担当した、この保険会社の営業教育部門との取り組みです。具体的には行動経済学とマーケティングの学知で「再現可能な営業モデル」を2つの観点から構築しました。1点目は顧客に見せる冊子やチラシなど営業資料のレビューと修正です。2点目は営業職員への調査と業績・行動データによるタイプ分けと、タイプ別の行動支援です。

営業資料を行動経済学の視点で修正

1点目では、現行の営業資料をフレーミング、デフォルト、選択肢設計、認知負荷といった行動経済学の観点からレビューし、今後の資料作成に使える指針として整理しました。そこでは個別の研究を都合よく集めた俗流の「心理テクニック集」にならないよう、複数の研究を統計的に統合して結論を導くメタ分析で再現性が確認された学知にできる限り依拠し、理論的な観点も考慮しています。例えば「選択肢が多すぎると選べなくなる」という選択過多の効果は常に生じるわけではなく、好みが固まっていない、比較が難しい、失敗の代償が大きい、という条件がそろうと生じやすくなります。こうした知見からいつどんな場合に使えるかを現場で判断しやすくするわけです。
その上で資料づくりの基本方針を3つに整理しました。

1.写真や具体例で「身近に感じさせる」、
2.意味を理解して比べられるよう「数字を分かりやすく示す」、
3.適度な違和感で「気を引く」です。

これらは保険に限らず、あらゆる商品・サービスの営業資料に当てはまる原則です。さらに、顧客が考えるポイントについても、接点づくり、アプローチ、提案と段階が進むにつれ、直感的な判断(システム1)から熟慮(システム2)へ移り、課題も「この営業職員は信頼できるか」「この商品は自分に関係があるか」「どのプランに価値があるか」と変わっていくと整理しました。これに基づき、入口の資料は気を引いて身近に感じさせ、提案段階は数字と比較で納得を支えるなど、段階ごとに役割を変えるよう提案し、修正前後を対比した改善例を作成しました。

データで営業職員を5つのタイプに

2点目では、約千名の営業職員に調査を行い、意思決定の癖(認知スタイル)を捉え、日々の営業行動や行動経済学の活用、心理的不安などとの関係を分析しました。最良追求、後悔しやすさ、不確実性回避、共感性などの項目です。これを業績・活動記録と接続してクラスタリング手法(潜在プロファイル分析)を適用すると、営業職員は五つのタイプに分かれました。慎重に狙いを定める「狙い撃ち型」、段取りを設計してから動く「段取り型」、効率と質を重視し最適な一手を考える「戦略型」、まず動いて道を開く「開拓型」、状況に合わせられるが受け身になりがちな「柔軟型」です。

全体では、上位層ほど「狙い撃ち型」が多く、既存顧客の紹介を軸に新規顧客を獲得していました。伸び悩む層には「柔軟型」が多く、職場や地域活動など従来型の接点に頼る傾向がありました。ただし、どのタイプにも上位者と伸び悩む層がいるため、タイプ内で両者を比較したところ、行動経済学的な働きかけにも違いがみられました。狙い撃ち型では、上位者ほど損失と利得のフレーミングを場面で使い分け、既存顧客への紹介依頼を多く行っていました。段取り型では、将来を具体的に想像させるストーリーテリングが有効でした。戦略型では、安心フレームや選択肢設計で顧客が「決めやすくなる」工夫が、開拓型では戦略性よりも実践量が、それぞれ上位者の特徴でした。柔軟型の上位者は幅広い戦術を試して自分の型を身に付け、同僚との情報交換もよく活用していました。

その他、成績が伸び悩む層のボトルネック(営業上の課題)もタイプで異なり、柔軟型は顧客と親しくなること、段取り型や開拓型は連絡のタイミングを逃しやすいことが課題でした(=上図表)。こうした結果は、一人ひとりの意思決定の癖に合わせた営業支援に活用できます。例えば、段取り型には連絡のタイミングを逃さない仕掛けを設け、柔軟型には自分なりの営業の型をつくる機会を増やし、戦略型には顧客が決めやすくなる選択肢設計を促すといった形です。「誰に、どの行動を、どのように促すか」を変えることで、研修や上司の指導、営業ツールをより効果的に設計できるのです。

保険に限らず対人営業全般に有効

今後は、タイプに応じた行動の促しについてフィールド実験を行い、その効果をさらに精緻に検証していく予定です。

資料を行動経済学で磨き、データでタイプを見極め、タイプ別に効果的な行動を特定して支援する今回の枠組みは、保険に固有のものではありません。不動産や金融、法人営業など対人営業全般に応用できます。営業は長くセンスと根性の世界と見られてきましたが、属人的な暗黙知は学知とデータで検証可能な仮説に変えられます。誰にでも同じ正解を押し付けるのではなく、その人に合った再現可能な方法を提示することが、営業の生産性向上において重要です。

生産性新聞2026年9月5日号:「経済学×生産性の最前線」第5回掲載分
 登場人物の所属・役職は新聞掲載時のものです。

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