変革に望ましい経営者の人選
先日、東京都知事選があり、ビジネスの枠を超えて「組織のトップがどうあるべきか」への注目が集まっています。この盛り上がりに乗じて、企業の組織変革のために望ましい組織トップについて、経営学の知見と筆者の観察を踏まえて議論したいと思います。
アッパー・エシュロン理論の知見
経営学において、経営者および経営者チームの重要性に関する議論は活発に行われています。代表的な理論に「アッパー・エシュロン(上位階層)理論」があります。これはCEOや取締役といった企業のトップの特性が、企業の戦略選択に影響を与え、最終的には企業のパフォーマンスに影響を与える、という考え方です。この理論に基づいて、CEOの特性(例:年齢、性別、経験、パワー、性格)や、取締役の構成(例:男女比、社外取締役の割合)といった変数と、企業の戦略(例:海外売上高比率、事業の撤退)やパフォーマンス(例:利益率)の関係を明らかにする研究が、多数行われています。
もちろん、経営者が全てではありません。学術研究の場合、経営者や経営者チームの要因が企業のパフォーマンスに与える影響は、パフォーマンスの変動の数%程度であることがほとんどです。しかし、現実に経営者が企業のパフォーマンスに大きな影響を与えていることを、多くの実務家が感じていると思います。実際に近年の人的資本経営の中では、経営陣のスキルセットや後継者計画を公開することも求められており、経営者の重要性は投資家からも関心を集めていると考えられます。

組織変革に望ましい経営者とは?
では、組織変革の際にはどのような経営者が望ましいのでしょうか?決定的な研究はありませんが、一般的に経営者が、既存のやり方に長く染まっているほど、慣性が働き、新たな取り組みを行うことが難しいとされています。例えば、経営者に「現状維持バイアス」が存在している場合、その経営者は新しいことを始めたり、既存のものを止めたりする意思決定を行えない傾向があるとされています。一部の研究では、現状維持バイアスは、年齢・社歴・業界歴・社長経験の長さと比例する傾向があると言われています。もちろん、例外となる経営者は多数いるので、これらだけで決めつけてはいけません。しかし、特定の経験の蓄積が豊富なほど、その経験に縛られ、新しいことができなくなるというのは、経験的にもご理解いただけると思います。

選抜人材のためのビジネススクール「経営アカデミー」の2026年度総合パンフレットはこちら
この観点で見たとき筆者が注目しているのが「コストカット」と「価値創造」の議論です。よく「日本企業はコストカットばかりで、顧客が高価格を許容するような価値を創造できていない」といわれます。この言説は厳密には実証できていないと思いますが、感覚的には理解できます。この「コストカット志向」の一因も、経営者の慣性で説明可能です。この20~30年間の日本企業では、国内市場が停滞する中で、コストカットが重視されやすい状況にありました。そのため、この時期の日本企業ではコストカットが得意な人間が出世しやすかったと考えられます。しかしコストカットが得意な人間が価値創造も得意とは限りません。コストカットの多くは「内向き」の活動です。従業員を鼓舞して改善させたり、サプライヤーにコストダウンを要求したり、業務をアウトソーシングしたりというのは、基本的にパワーを背景にした活動です。しかし、価値創造はより強い立場の顧客からお金を引っ張る「外向き」の活動です。ゆえにコストカットで成果を出した経営者が、価値創造もできるとは限らないのです。
望ましい経営陣の選抜のために
以上を元に、改めて組織変革に望ましい経営陣の選抜について考えてみましょう。まず当たり前ですが、変革に向いた経営者を選ぶ必要があります。それは既存のしがらみに過度にとらわれないトップであり、以前議論した「方向づけ」と「コミュニケーション」ができるトップです。もしトップとしてそういう人材を選ぶことが難しければ、経営陣でカバーしてもよいです。つまり経営者が変革に向いた人材を経営チーム(取締役など)に迎え入れ、その方を支持するのです。または、経営陣の連続性を意識してもよいです。例えば赤字事業をカットする経営陣、新規事業を生み出す経営陣、新規事業を拡大する経営陣と、次々に代替わりしてもよいのです。なんでも一人でやろうとせず、チームや連続性の中でとらえていく視点も重要です。
大事なのは人選です。ゴマすりが取り柄の部下を出世させたり、同期・同部署・同学閥のお仲間で周りを固めたりすると、変革という不確実性が高い状況で似たような解釈しかできなくなるため、避けた方が良いと思われます。なお、現在筆者は、日本の経営陣のデータから、「お仲間人事」を見抜けないかどうかを企業と協力しながら研究しています。これによって、株主だけでなく、従業員自身が客観的に自らの経営陣を評価する手助けをしたいと考えています。
(第5回に続く)
本連載は、東京大学大学院の大木清弘准教授(2017年度から2024年度まで経営アカデミー「経営戦略コース」のグループ指導講師を担当)に執筆いただき、生産性新聞に掲載された記事です。
生産性新聞2024年8月5日号:連載「組織変革の羅針盤」掲載分

経歴:
2007年東京大学経済学部卒業。08年同大学大学院経済学研究科修士課程修了。11年同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。12年同大学より博士(経済学)。関西大学商学部助教、東京大学大学院経済学研究科講師を経て、20年より現職。専門は国際経営論、国際人的資源管理論。2009年国際ビジネス研究学会優秀論文賞、15年国際ビジネス研究学会学会賞。著書に『コア・テキスト国際経営』(新世社)など。