リーガルカウンセル / 法務・知的財産部 コンプライアンス推進室 室長 石井 隼平 様(写真左)
法務・知的財産部 コンプライアンス推進室 山下 里穂 様(写真右)
YKK AP株式会社
YKK APは、窓やドア、カーテンウォール、エクステリア商品などのArchitectural Products(建築用工業製品)を製造・販売し、住宅・建築分野で事業を展開する。YKKの企業精神「善の巡環」に基づき、「Architectural Productsで社会を幸せにする会社。」をパーパスに掲げ、顧客・取引先・地域・従業員の尊厳を重視した企業活動を行っている。
カスハラとは?:2026年10月の義務化(改正労働施策総合推進法)で企業に求められる対応
過度な要求、暴言、脅迫的・威圧的な言動など、カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)が深刻化する中、従業員を守るための法整備が進んでいる。東京都によるカスハラ防止条例の制定をはじめ、2026年10月には改正労働施策総合推進法の施行も予定されており、企業には社内ルールの整備、相談窓口の設置、被害の把握と再発防止、従業員教育の実施など、実効性のある対応が求められている。
YKK APでは、こうした社会的要請を踏まえ、経営層の強い指示のもと、カスハラ対策を体系的に整備した。
本記事では、2025年11月に富山県主催(企画・運営受託:日本生産性本部 サービス産業生産性協議会)で開催された「カスタマーハラスメント防止対策セミナー」におけるYKK APの講演内容をもとに、同社が実施した基本方針の策定やマニュアルの整備、教育体制の構築など、カスハラ対策の実践的な取り組みを紹介する。

YKK APのカスタマーハラスメント基本方針
カスハラ対策に取り組むにあたり、まず策定したのが「YKK AP カスタマーハラスメントに対する基本方針」です。
この方針の根底にあるのは、YKKの企業精神である「善の巡環」という考え方です。「他人の利益を図らずして自らの繁栄はない」という信念と、当社の人権方針に基づき、「従業員が安心して働ける職場を守ることが不可欠である」と明確に宣言しています。
基本方針には、カスハラに該当する行為の定義や、その対応方法についても明記しています。また、この方針は社内にとどまらず、ホームページ上でも公開することで、お客様を含む社会全体へのメッセージとしても機能しています。
カスハラ対応マニュアルと判断基準:「毅然かつ丁寧に」
基本方針を定めた後、より具体的な対応手順を記載したカスハラ対応マニュアルを作成し、全社に配布しました。
私たちがカスハラ対策で最も大切にしている基本姿勢は、「毅然と」かつ「丁寧に」対応することです。ここでいう「毅然と」は、一度決めた方針を揺るがせないことを意味しています。決してお客様との対話を拒んだり、冷たい態度で接したりすることではありません。また、「丁寧に」とは、お客様の言い分に迎合することではありません。真摯かつ誠実な姿勢で対応することです。
さらに、現場で従業員が判断に迷わないよう、対応を中止するための客観的な判断基準も設けました。以下のような時間を目安に、上司への相談や対応終了の判断を行うよう定めています。
<対応中止の基準>
・大声を上げ続ける行為が5〜10分を超える場合
・執拗な要求が15〜20分を超える場合
・長時間の拘束が30〜60分を超える場合
カスハラ事例集:現場で起こりがちな事例と対応話法
基本方針とマニュアルの作成にあたって実施した実態調査で寄せられた声をもとに、現場で起こりがちな事例をまとめたカスタマーハラスメント対応事例集も作成しました。たとえば、「訴えてやる」「SNSに投稿する」といった威圧的な言動への対応話法や注意点も具体的に記載し、こうした場面に直面した時、どういった言葉を返すべきかが一目で分かるようになっています。事例集では、どのような言動を受けても、会社としての対応姿勢は変えずに、毅然と対応することを示しています。

カスハラ事例集には、実態調査をもとに整理した、現場で発生しやすい事例とその対応話法を掲載
1人で抱え込ませない相談体制(相談窓口)
カスハラ対策で重視しているのは「現場担当者が一人で抱え込まない」という原則です。まず社内では、担当者が上司へ報告・相談しやすい環境を整備しています。支店・支社などの拠点で対応しきれない場合は、コンプライアンス推進室や法務グループ、品質保証担当部門などが連携し、組織として対応する体制を築いています。
社外との連携も重要です。外部の専門家と提携した24時間365日相談対応可能な窓口を設置し、従業員が不安を感じた際にすぐに専門家へつなげる仕組みを整えることで、現場の負担軽減とリスク低減を図っています。 さらに、蓄積した情報を現場で活かす工夫にも力を入れています。作成したマニュアルや事例集は、生成AIに読み込ませており、従業員がチャット形式で気軽に質問・参照できる環境を整えています。また、マニュアルの解説動画を社内ポータルで公開するとともに、寄せられた質問はFAQとして随時整理し全社で共有することで、ノウハウの継続的な蓄積にもつなげています。

マニュアル・事例集をソースに追加することで、チャットすると内容に基づいた回答が得られる
カスハラ研修の実践と効果測定
整備した基本方針・対応マニュアル・事例集は、研修の場でも積極的に活用されています。
研修では、座学にとどまらず、実際の事例をもとにしたケーススタディやロールプレイングなどの実践を重視し、小グループに分かれてディスカッションも行います。他部門の参加者と意見を交わすことで、自分一人だけでは気づけなかった視点を得ることができ、現場で即座に活かせる対応力を養うことにつながります。
その効果は参加者の声にも表れており、アンケートでは約90%が「業務に役立つ」と回答。現場の対応力向上につながる研修として高く評価されています。
また、こうした取り組みは社内にとどまらず、統合報告書を通じて社外にも積極的に開示しています。カスハラ対策への取り組み姿勢を発信することで、企業としての信頼性向上にもつながると考えています。

研修のロールプレイング風景
私たちの目的は、単にカスハラやクレームを減らすことではありません。
当社のパーパスである「Architectural Productsで社会を幸せにする会社。」を実現するために、明確な基準・孤立させない体制・実践的な教育を通じて、組織としてカスハラに毅然と対応し、お客様も従業員も互いに尊重される社会を目指してまいります。
※本記事は2025年11月に実施した富山県主催(企画・運営受託:日本生産性本部 サービス産業生産性協議会)の「カスタマーハラスメント防止対策セミナー」の講演内容をもとに作成しています。