時代創るサービスに期待~菊地委員長インタビュー

「第6回日本サービス大賞」の応募受付が始まったことを受け、日本サービス大賞委員会の委員長を務める菊地唯夫氏(ロイヤルホールディングス取締役会長、京都大学経営管理大学院客員教授)が生産性新聞のインタビューに応じた。同賞の応募や審査にあたって、スタートアップの新たなサービスの創出や、伝統的な大企業・組織のサービスイノベーションなどに幅広く注目する考えを示した。
第6回日本サービス大賞は、9月14日から応募受付を開始しました。▼詳細はこちら ▼
アートとサイエンスの価値共創

菊地氏は「日本サービス大賞は時代を映す鏡だと思っている。最近の受賞企業は、デジタルプラットフォームで顧客との価値創造を実現したり、社会課題の解決にサービスでアプローチしたりするなど、時代を先取りしている。第6回日本サービス大賞にどのようなサービスの応募があるか、とても楽しみにしている」と期待感を表明した。第1回日本サービス大賞で委員長を務めた野中郁次郎氏が表彰式で述べた「受け手の想いに寄り添い、より良いサービスを提供する過程は、アートとサイエンスの統合プロセスである」との言葉を紹介したうえで、「サービス産業は、アートの部分と、サイエンスの部分が融合しているというのが一つの特徴だと思う」との認識を示した。
そして、日本サービス大賞の審査基準で、「サービスの本質は送り手と受け手の価値共創を軸とする」という一文が入っていることを指摘し、「このときの価値には、Value(バリュー)とWorth(ウォース)の2種類があり、日本語では両方とも価値と訳されている」と述べた。
バリューとウォースの本質的な違いについて、「バリューは比較対象があり、こっちの方が量が多いとか、価格が安いなど数値化も可能だ。一方、ウォースは “This book is worth reading.”(この本は読む価値がある)のように、比較対象はなく、どのくらい読む価値があるかも示さない」と指摘した。
近年、スタートアップなどの新興企業が、デジタルを活用したプラットフォーム型ビジネスでバリューに軸足を置いたサービスで受け手との価値共創を実現している。菊地氏は「バリューとサイエンスとはつながりがあり、AIの社会実装が本格的に動き出す中で、プラットフォーム型ビジネス が新しいステージになる」と述べた。
そのうえで、「人が気づいていない潜在的な欲求やニーズを見つけ出せるような新たなデジタル型プラットフォームの誕生など、どのような進化を見せるのか、注目しなければいけないポイントだ」との考えを示した。一方で、「アートと、ウォースという価値とつながるのは『人』であり、日本の強みとされる気配りができるおもてなしのサービスについても注目したい」と期待感を示した。
AIが進化することによって、それを使う人間もレベルアップをすることが期待されている。アートとサイエンスが融合した結果、どんな新たなサービスが社会に生まれるかが焦点だ。
菊地氏は「優れたサービスを評価するのはもちろん、そのサービスによって、苦しんでいる人たちがその苦境を脱却し、社会がより豊かになることが、日本サービス大賞の存在意義であり、究極の目標であると思う」と話した。

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自社サービス見直す機会に
「日本のサービスは素晴らしい」と世界から評価されている。多くの企業や団体が、当たり前のように提供してきたサービスが、実は価値があるサービスであることを、サービス提供者自身で気づいていないケースもある。
「素晴らしいサービスとはどういうものか」を、この日本サービス大賞を通じて考えてみることが重要だ。第6回日本サービス大賞に応募することを通じて、審査の中で自分たちのサービス価値を再認識できる機会に使っていただきたいという思いがある。
「革新的な優れたサービス」を表彰する日本サービス大賞の公式ホームページはこちら>>>
バリューとウォース
サービスには、バリューとサイエンス、AIなどのテクノロジーがつながった西洋思想的なサービスと、ウォースとアート、そして人がつながった東洋思想的なサービスの2種類がある(=下図)。西洋思想的なサービスは西洋で先駆的に進んできており、近年は日本でも優れたデジタルプラットフォームサービスが登場している。
一方の東洋思想的なサービスは、日本で当たり前のように実践しているので、自分たちではその素晴らしさに気づきにくい。東洋思想研究家の田口佳史先生によると、見えないものを見ようとするときに大事な概念は「気配」だという。坐禅などの実践を通じて物事の本質や真理を直接見つめようとする「禅」もその一例だ。気配は訓読みすると気配り(きくばり)となり、それは、日本のおもてなしが評価される根源にあるものだ。
お客様の気配だけではなく、一緒に働くチームの気配も察しながら、チームビルドする。海外から見ると、「日本のおもてなしはすごい」と言われるが、本人たちは気づきにくいし、自分たちの口から「すごいでしょ」とも言いにくい。外部の視点によって再評価していくことで、大きなイノベーションの一歩につながるかもしれない。
サービスの本質は送り手と受け手の価値共創だ。デジタルを使って両者のマッチングを効率的に行い、バリューの価値共創をすることも、気配を通じて両者がウォースの価値を共創することも、サービスの大きな価値だ。

余力と意欲で高まる現場力
しかし、人はいつ何時でも、気配を察することができるわけではない。忙しくて大変な時に、気配を察することは難しく、余力がないと、気配りはできない。その余力を生み出すために、AIやデジタルを活用することで成功しているケースもある。
例えば、神奈川県鶴巻温泉の老舗旅館「陣屋」は、旅館・ホテル経営をITの力で改革する「陣屋コネクト」で、第2回日本サービス大賞の「総務大臣賞」を受賞した。このシステムを同業他社にも提供し、「顧客満足度と従業員満足度そして利益をまんべんなく向上させる」ことに取り組んでいる。
従業員に余力がないことによって、サービスの質が低下して、サービスレベルが下がっていくのではなく、デジタルを活用して余力を生み出し、より良いサービスを提供している。こうした取り組みは、サービスの本質であり、未来のサービスのあり方だと思う。
「日本は、現場が素晴らしい」と評価されている。現場で働く人たちに意欲があり、良い商品・良いサービスをお客様に届けたいという人たちが集まっている。
しかし、現場の意欲だけで、良い商品・良いサービスが提供できるわけではない。それには余力や余裕が必要だ。そして、余力を生み出すために、AI・デジタルを活用していこうという取り組みは、「日本らしいAIの活用」の1つかもしれない。日本サービス大賞でも、そういった取り組みも評価したい。
高いレベルのサービスを評価
一方で、日本のサービス産業は生産性が低いと指摘されている。生産性を一人当たりの付加価値と考えた場合、それを上げるには、「分母(投入量)を効率的にして分子(付加価値)を維持する」か、「分母を変えずに分子を大きくする」という2つの方法がある。AIを活用して分母を小さくすれば、生産性は上がる。しかし、その場合、サービスの同時性がネックになる。サービスは提供した瞬間にお客様が消費する。このため、単純に人だけを減らすと、サービスが劣化してしまうことがよくある。結果的にタイムラグを伴って売上が減少し、分子が小さくなるという現象が起こる。
サービス産業の生産性を向上させるには、サービスの本質を理解したうえで、分母を効率的にして、高いレベルのサービスを実現し、その高いサービスをお客様に評価していただくという一連のプロセスが必要になる。
分母を減らすとき、どうAI・デジタルを活用し、効率化するか。分子を増やすとき、いかにお客様に付加価値を認知していただき、高いサービス価値を払っていただくか。この二つの概念をどう実現していくかが重要になる。
第1回から第5回までの日本サービス大賞の受賞サービスをみると、分子に注目して成果を上げたケースや、分母を効率的にして価値を生み出したケースなど、サービス産業が生産性を向上させるために参考となる事例がたくさんある。第6回の審査でも、スタートアップなどの新興企業や、大企業・団体が実現したサービスイノベーションなど、さまざまな応募があることを心待ちにしている。

豊かな社会をサービスが実現
今、世界では「信頼関係の崩壊」ともいえる事象が起こっている。このような時代には、サービスの存在意義はより大きくなる。野中郁次郎氏が言うように、「受け手の想いに寄り添い、より良いサービスを提供する過程は、アートとサイエンスの統合プロセス」であり、そして、良いサービスは信頼関係の再構築に寄与すると思う。
バリュー・サイエンス・テクノロジーで実現するプラットフォームサービスや、ウォース・アート・人が提供するおもてなしなどのサービスが競演することによって、サービスの価値は多元的に評価される。
AIが本格的に社会実装される中で、今後、人が気づいていない潜在的な欲求やニーズを、AIが見つけられるようになるかもしれない。そして、AIの進化によって、人によるサービスの「気配り」に似た機能を持ち合わせるデジタルプラットフォームが誕生する可能性もある。
AIの進化に触発され、人もレベルアップをしていくだろう。人が、AIを使うことによって進化し、新しいサービスを生み出していくことを目指していかなければいけない。
日本サービス大賞は、優れたサービスを評価するのはもちろんのこと、「素晴らしいサービス」を示し、それらが社会に広まっていくことを後押しすることも重要だ。世の中に素晴らしいサービスが浸透し、社会がより豊かになり、苦しんでいる人たちが脱却し、より豊かな生活を手に入れるようになるような社会を実現することが究極の目標であると考えている。

1988年早稲田大学政治経済学部卒業、日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)入行。93年フランスESSEC経済商科大学院大学卒業。97年同行秘書室秘書役頭取担当。2000年ドイツ証券入社、投資銀行本部ディレクター。04年執行役員総合企画部長兼法務室長としてロイヤル(現ロイヤルホールディングス)入社。10年代表取締役社長、16年代表取締役会長兼CEO、26年に現職。京都大学経営管理大学院客員教授。22年からサービス産業生産性協議会副代表幹事。
生産性新聞2026年9月15日号:「第6回日本サービス大賞」1面2面掲載分
登場人物の所属・役職は新聞掲載時のものです。