1on1の本来の価値とは?-組織を強くする“対話の力”-

なぜ1on1が求められるのか、その背景をさぐる

1on1は本当に必要なのか

上司と部下のコミュニケーションは、本来、どの職場においても日常的に行われているものです。にもかかわらず、なぜあえて「1on1」(ワン・オン・ワン)という名前をつけて実施する必要があるのでしょうか。その理由は、1on1で求められるコミュニケーションが、日々の業務の中では自然には身につかない種類のものだからです。
1on1は、「部下の能力や意欲を引き出すために、上司が定期的に行う対話の場」です。
通常の上司と部下の会話は、どうしても業務報告や進捗確認といった“情報のやり取り”(報連相)に偏りがちです。
しかし、部下の能力や意欲を引き出すことが目的の1on1では、業務の話を超えて「相手の考えや気持ち」に耳を傾けることが求められます。
評価面談のように指示や問題解決を目的とした「指導型コミュニケーション」ではなく、部下の背景にある考えや感情を理解することを目的とした「支援型コミュニケーション」へと転換することが重要です。そのためには、「伴走する力」「問いかける力」「寄り添う力」が必要とされます。
これらの力を発揮するためには、コーチングや傾聴などのスキルが求められ、それらを鍛えるための研修等を導入している会社も多くあります。
ただ、これらは一朝一夕で身につくものではなく、意識的に学び、実践を重ねることで初めて定着していきます。

1on1が求められる背景

変化が激しく、将来の予測が難しいVUCAの時代においては、上司が常に正解を持っているとは限りません。
困難な課題に直面した際には、リーダーが共に考える姿勢を示し、多様な価値観や専門性をもつメンバーに建設的な提言などのフォロワーシップを発揮してもらうことが、ますます求められています。さらに、近年多くの企業で進められているDiversity, Equity & Inclusion(DE&I)マネジメントの観点からも、1on1の重要性は高まっています。
性別・年齢・人種・信条・働き方など、あらゆる面で多様性が広がるなかで、組織は一人ひとりの経験・能力・価値観を尊重し、活かしていくことが求められます。
そのためには、すべてのメンバーが安心して意見を交わし、自分の強みを発揮できる環境、すなわち「対話を通じた相互理解の土台」が不可欠です。
1on1は、まさにその対話の質を高めるための実践の場です。
組織論で知られるダニエル・キム氏の「成功循環モデル」でも、成果を生む組織の起点は「関係の質」にあるとされています。

「関係の質」が高い状態とは、メンバー同士が信頼し合い、率直なコミュニケーションができている状態を指します。
1on1を通じて、この「関係の質」を高めることが、組織全体のパフォーマンスを高める最も有効な手段のひとつと考えられます。

※成功循環モデル・関係の質とは
組織開発やシステム思考の専門家であるダニエル・キム氏が唱えた「成功循環モデル」は、組織やチームが成果を出すために、どの要素を重視すべきかを示した考え方です。モデルでは、4つの「質」が循環しています。

・関係の質:メンバー同士の信頼や協力の度合い。安心して意見を言える雰囲気があるか。
・思考の質:良い関係の中で、前向きで建設的な考え方が生まれる。
・行動の質:良い思考から、効果的で積極的な行動が生まれる。
・結果の質:良い行動が、良い成果につながる。

この循環は、結果が良くなると、さらに関係が良くなるという「好循環」を生みます。逆に、関係が悪いと悪循環に陥ることもあります。成功の出発点は「関係の質」であり、信頼や協力を高めることが最も重要だとされています。

1on1とは ― 対話を通じて価値を生み出す場

1on1は「雑談」だけではありません

1on1という言葉を耳にすると、「何を話せばよいかわからない」「雑談の場なのでは」と感じる方も少なくありません。雑談はお互いの距離を縮めるための助走になり、重要ではありますが、そこで扱われるのはあくまで表面的な情報です。
一方、1on1の本質は、お互いの意見や行動の背後にある前提や価値観に目を向ける「対話」にあります。 対話を重ねることで、固定化した考え方や関係性を見直し、新たな気づきを生み出すことができます。

1on1の目的

1on1の目的を整理すると、次のようにまとめられます。
(1)部下との信頼関係を築く
(2)部下の経験学習を促す
(3)報連相の機会を設ける
(4)フィードバックを通じて学びを得る
(5)モチベーションを高める
(6)意思決定に必要な情報を得る
※出典:本間 浩輔『増補改訂版 ヤフーの1on1 部下を成長させるコミュニケーションの技法』

これらを見てもわかるように、1on1は上司のための場ではなく、「部下のための時間」です。
上司が自分の経験を語る場でも、指示を与える場でもありません。部下の考えを整理し、成長への道筋を一緒に描くための時間であるという前提を、まず上司自身が理解しておくことが大切です。
また、1on1の効果は短期間で目に見える形になるものではありません。「成果を出そう」と焦るあまり、形式だけが先行すると、いつの間にかやること自体が目的化してしまいます。
1on1の真価は、対話の積み重ねによって関係性が深まり、職場の空気や行動が少しずつ変わっていく過程にこそあります。

1on1がうまくいかない理由とは

1on1を導入したが、なかなかうまくいかないという声も多く聞かれます。
この理由として、以下のようなものが考えられます。

(1)ねらいの浸透不足
1on1の目的が明確に共有されていないと、単なる進捗報告や業務確認に終始しがちです。
上司だけでなく部下にも、「なぜ1on1を行うのか」「どんな役割を担うのか」を理解してもらう必要があります。
たとえば、部下の役割は、上司との1on1を「自律的な成長の場」として主体的に活用し、自分の課題や考えを言語化して共有することです。
一方、上司の役割は、部下の考えや感情に耳を傾け、答えを与えるのではなく自ら考えを深め、自身の思いを言語化できるように支援する“伴走者”としての姿勢を持つことです。
そのうえで、上司・部下双方にとってどのようなメリットがあるのかを具体的に伝えることが、形骸化を防ぐ第一歩となります。

(2)上司の対話経験の不足
1on1では、目標管理面談とは異なるコミュニケーションスタイルが求められます。
上司の役割は「正解を教える」ことではなく、「部下と共に考える」ことです。
自信のない上司ほど「助言しなければ」と考えがちですが、本来必要なのは、部下の話を深く聴く「傾聴力」と、部下が自ら考え、気づきを得るための良質な質問を投げかける「質問力」です。
この「問いかける力=質問力」は経験だけで身につくものではなく、トレーニングによって磨くことが可能です。

(3)本音で語る関係性の未構築
対話の場には、日常の人間関係がそのまま反映されます。
普段の関係性が希薄なままでは、1on1の場だけで本音を引き出すことはできません。
初回や数回の実施で手応えを感じられないこともありますが、信頼関係は時間をかけて築くものです。
部下がすぐに心を開かないのは自然なことであり、上司の粘り強さこそが鍵になります。

なぜ1on1を研修で学ぶのか

1on1を研修で学ぶ意義

1on1のコミュニケーションは、経験だけで自然に身につくものではありません。だからこそ、意図的に組織単位で学び、練習する機会が必要です。研修ではまず、「なぜ1on1が必要なのか」を自らの言葉で腹落ちさせることから始まります。
そのうえで、「自分ならどのような問いを投げかけるか」「どうすれば相手の考えを引き出せるか」を考え、実践につなげていきます。 形式を学ぶだけでなく、自分のマネジメントスタイルを見直す機会として位置づけることが重要です。

上司のマネジメントの本質 ― 秩序を保ち、価値を生み出すリーダーへ

上司の役割は、組織の秩序を維持することにとどまりません。
現代のマネジメント人材に求められるのは、新たな価値を生み出すリーダーとしての姿勢です。そのためには、部下を管理するのではなく、部下の成功を支援するピープルマネジメントへの転換が不可欠です。
1on1は、部下が自身の目標達成に近づくための支援の場でもあります。
上司は、業務を論理的に整理し効率的に進める「知のコミュニケーション(ロジカルシンキング)」だけでなく、「何となくもやもやしている」「言語化できない不安」といった感情に寄り添い、それを言葉にする「情のコミュニケーション」にも意識を向ける必要があります。
成果を上げる上司ほど、1on1をうまく活用しています。部下の気持ちに丁寧に向き合いながら、同時に組織の目標に向けた前進を支援する。そのような対話の積み重ねこそが、信頼と成果を両立させる鍵となります。

まとめ ― 対話の積み重ねが組織を変える

1on1は「部下育成のための面談」にとどまらず、信頼を育て、組織の力を引き出すための対話となります。上司が自らのマインドセットを見直し、相手を理解しようとする姿勢を持つことで、組織の土台は確実に強化されます。
忙しい日常の中でも、1on1の時間を「立ち止まるための対話」として位置づけ、部下と向き合う、その小さな積み重ねが、チームの信頼を育み、ひいては組織全体の成果へとつながっていきます。

参考資料・文献

ニューノーマル時代の上司と部下の関わり方①(生産性新聞・2020年7月15日号)
ニューノーマル時代の上司と部下の関わり方②(生産性新聞・2020年8月5日号)
ニューノーマル時代の上司と部下の関わり方③(生産性新聞・2020年9月5日号)
本間 浩輔「増補改訂版 ヤフーの1on1部下を成長させるコミュニケーションの技法」.ダイヤモンド社,2017.

執筆者:日本生産性本部 コンサルティング部 桑原 里佳子

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