エコノミクスデザイン共同創業者に聞く
経済学は政策立案や学術研究のためだけのものではない。価格設定、需要予測、評価指標の設計、市場ルールの構築、さらには社会的価値の可視化まで、企業経営に活用できる領域は広い。本連載では、こうした考え方の下で学術的知見を企業の現場に届けるために2020年に設立されたエコノミクスデザイン(EDI)の活動を紹介し、経済学の学知を活用した生産性向上の最先端の取り組みに迫っていく。初回は、同社の代表取締役兼共同創業者の星野崇宏氏、共同創業者の坂井豊貴氏と安田洋祐氏に、設立の背景や狙い、今後の展望などを聞いた。

学知を生かすために会社設立
――まず、エコノミクスデザインはどのような問題意識から立ち上がったのでしょうか。
坂井氏 米国では21世紀に入ってから、経済学をビジネスに活用する動きが進んできました。データサイエンスに加え、メカニズムデザインといった分野は、企業活動との接点を広げてきました。日本ではその動きが遅れていましたが、いずれその時代が来ると確信していました。
「私自身、2018年から不動産オークションに関わってきました。オークション理論を活用すると実際に高く売れるのです。それで経済学がビジネスに使えることを実感しました。その後、「オークションラボ」という『経済学×ビジネス』の無料の月例セミナーを開始しました。当初は半ば趣味の場でしたが、いつの間にか企業からの相談が増え、個人では対応しきれなくなりました。そこで受け皿となる法人が必要になり2019年ごろから会社設立を考え、その際に重視したのは、自分より優秀な人、自分にできないことができる人と組むことです。ドリームチームをつくれたら最高じゃないかと。真っ先に思い浮かんだのが星野さんと安田さんでした。
星野氏 私はこれまで、様々な企業でデータサイエンスやマーケティングの技術顧問をしています。需要予測や価格設定にも関わる領域です。現在では企業にデータサイエンティストがいるのは珍しくありませんが、10年以上前はそうではありませんでした。博士課程の頃から企業から相談を受けており、企業にはデータも課題もある一方で、それを扱える専門人材が不足していると感じていました。専門人材がいない企業でも知見を活用するニーズを多くいただき、人材確保や分析体制の整備も含め、組織として引き受ける必要がありました。顧問として助言や分析を行っていましたが、案件が大きくなるにつれて個人では限界があると感じていました。そうした中で坂井先生から声がかかり、学知を企業に届ける仕組みをつくるという点で、EDIの構想に共感しジョインしました。
安田氏 大学で研究・教育を続けながら、外でも仕事をしたいという思いがありました。米国で博士号を取得し帰国後、自分の専門性をどう社会に生かすかを考えてきました。政策やメディアを通じた発信はできていましたが、ビジネスへの応用には課題意識がありました。経済学者として企業や経営についてコメントする機会はありますが、現場を十分に理解しているとは言えません。学知とビジネスの接点を曖昧なまま語ることに違和感が常にありました。そのため、実際に現場に関わりたいと考えていたのです。
EDIの意義として、費用削減や効率化の領域にはすでに学知が導入されていますが、売上や付加価値の向上については依然として経験や勘に頼る部分が大きいと感じています。そこに経済学やマーケティングサイエンスを導入できると考え、参加しました。
初期の象徴的案件は「レーティング設計」
――設立初期で印象的な案件について教えてください。
坂井氏 レーティング設計は象徴的な案件でした。経済学には指標設計という分野があります。GDPもその一例ですが、単なる付加価値の合計では豊かさを十分に表せないため、寿命や教育などを含めた指標の研究が進められてきました。この知見はECサイトでの商品の点数の導出にも応用できます。多くのサイトで単純平均が使われていますが、それでは極端な評価や評価者の偏りが反映されてしまいます。そこで、様々な評価の偏りを補正するアルゴリズムを設計しました。偏りがないというのは不偏性(impartiality)というフェアネスの基本要求です。そしてフェアでありたいと思うのは簡単ですが、実際にフェアであるためには相応の学知が必要です。

プライシングは日本企業の大きな伸びしろ
星野氏 私にとって象徴的なのはプライシングです。某飲料メーカーでの講演をきっかけに、食品・飲料分野の価格設定案件が広がりました。日本企業はコスト積み上げ型で価格を決めるケースが多いですが、急激なコスト上昇のもと旧来型の限界が来ています。本来の値付けは消費者の支払意思額に基づくべきです。従来はアンケート調査が多く用いられてきましたが、学術的根拠が弱い手法も少なくありません。特に価格に関する質問では、回答者が戦略的に答える可能性があります。そこで重要なのが『誘因整合性』です。つまり、正直に答えることが最適となるような設計です。インセンティブを組み込むことで、本音に近いデータを取得できます。このような手法を企業とともに実装してきました。
安田氏 プライシングは大きく2種類に分けて考えられます。1つは既存商品の価格見直しです。需要データをもとに最適価格を検討しますが、日本企業ではコスト積み上げ型が多く、ここに大きな改善余地があります。もう1つは新商品のようにデータが存在しない場合です。単純なアンケートでは、バイアスが出たり、信頼性が低かったりする。そこで、学知を生かした潜在需要の推計が必要となるのです。私たちはこの両方のタイプのプライシングに関わっています。

インフレ時代に求められる視点
――物価や為替が不安定な時代における価格設定は難しいとされています。
星野氏 過去データだけでは不十分です。価格弾力性は時代によって変化します。賃金や期待インフレなど、どの要因が影響するのかを考える必要があります。データサイエンスは過去の延長になりがちですが、経済学は変数の選び方や構造理解を助けてくれます。その結果、複数のシナリオを前提とした分析が可能になります。
安田氏 将来を正確に予測することは難しいですが、シナリオ分析は可能です。その構造を考えるうえで、経済学は非常に有効です。
――相談案件はプライシング以外にも広がっているのでしょうか。
坂井氏 市場ルールや評価指標の設計の相談もあります。例えば、取引が成立しやすい市場の仕組みの設計などです。
安田氏 効果測定の案件も多くあります。施策の効果をどのように測るか、どうやって金銭価値に換算するかといった課題です。また、社会的価値の可視化、いわゆるSROI(Social Return On Investment)に関する案件も増えています。
星野氏 私たちは、価値を数量化・金額化するハブの役割も担っています。
――一般的コンサルとの違いはなんでしょうか。
坂井氏 教科書を書く人と、読む人の違いではないでしょうか。市場ルールや評価指標を設計できるコンサルがどれほどいるかは知りませんが、私たちが書いたもので学んだ人になるでしょう。そして私たちは、教科書に載っていない多くの落とし穴を知っています。
星野氏 学術的な裏付けのある手法を用いる点が大きな特徴です。慣習的に使われている手法が妥当とは限りません。特に価格のように企業業績に影響が大きい領域では責任重大です。また、継続的な人月型ビジネスではなく、企業が自走できる仕組みを重視しています。
安田氏 本来の意味でのコンサルティングに近いと考えています。意思決定そのものを代行するのではなく、企業が自ら判断するための材料を提供する最高の黒子を目指したいです。私たちの強みは『見えないものの可視化』です。需要や支払意思額、社会的価値といった、通常はみえないものを定量化できるのが我々の強みです。
EDIという仕組みを社会へ
――今後の展望について教えてください。
星野氏 まずはプライシングの分野をさらに強化していきたいと考えています。分析だけでなく、実装まで含めて広げていく予定です。
安田氏 費用削減だけでなく、付加価値創造の領域に学知が使えるという認識を広め、日本全体の生産性向上につなげていきたいと考えています。
坂井氏 「EDIという回路」を社会のインフラにしたいと考えています。学知が自然に社会実装される回路を社会に構築したいのです。まだその途上ではありますが、着実に形になってきています。学問が生まれる場とビジネスがなされる現場を直結させていきます。
エコノミクスデザイン
企業の持続的成長を支援するコンサルティング事業を展開。近年重視されるESG分野では、各企業の指標をKPIとして可視化し、経営判断を後押しする。さらに、マーケティングサイエンスにより、収益拡大に寄与。加えて、経済学の知見を活用した制度設計で市場の活性化を図るほか、企業内データを基に成長に必要なKPIを導出し、最適な戦略立案を支援している

2004年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。2015年より慶應義塾大学経済学部教授。専門はデータサイエンス、行動経済学、計量マーケティング。

2005年米国ロチェスター大学大学院経済学博士課程修了。2014年より慶應義塾大学経済学部教授。専門はメカニズムデザイン、社会的選択理論。

2007年米国プリンストン大学大学院経済学博士課程修了。2025年より政策研究大学院大学教授。専門はゲーム理論、マーケットデザイン。
生産性新聞2026年4月25日号:「経済学×生産性の最前線」第1回掲載分
登場人物の所属・役職は新聞掲載時のものです