信頼できる設計で市場の生産性向上
本連載の第7回では、消費者の選択や意思決定に大きな影響を及ぼしているレーティングについて、点数操作に対する頑健性を高める設計手法を紹介します。
「星の数」は運命を左右する
レーティングは、私たちの意思決定に大きな影響を及ぼしています。ECサイトで買い物をするとき、多くの人は星の数などのレーティングを見てどの商品を買うかを決めるでしょう。家電、化粧品、飲食店はもちろんのこと、大学や企業、恋人候補、国や都市などがレーティングされ、人々の意思決定に影響を与えています。
しかし、世の中のレーティングは本当にうまく出来ているのでしょうか。その影響力の大きさの割に、設計に難点のあるレーティングは少なくありません。エコノミクスデザイン(EDI)はこれまで多くの企業とともに、優れたレーティング方式を設計してきました。
レーティングとは何か
レーティングとは、多くの要素が絡み合う「よくわからないもの」を、ひとつの数字に集約して測るためのモノサシです。学校の入学難度を偏差値で、飲食店の質を口コミの点数で、一国の豊かさをGDPで測る。いずれもレーティングの一種です。
これまで使われてきたレーティング手法の刷新や、これまで測れなかった「なにか」のレーティング手法の設計は、世界に大きなインパクトをもたらす可能性があります。例えば温度計は、暑さ寒さのレーティングといえます。人々は温度計が発明される前から暑さや寒さを感じていましたが、それを測る術がありませんでした。新しいレーティング手法を設計することは、ときには温度計を発明するような画期的なことになるかもしれません。

影響力はあるが、設計に問題のあるレーティングの例
最も身近な例は、口コミの点数を「単純に平均する」やり方です。口コミが3件しかない商品と300件ある商品が、どちらも平均4.5点だったとします。両者を同じ評価とみなしてよいでしょうか。前者は、関係者が数件の高評価を書き込むだけで実現できてしまいます。逆に、少数のアンチが1点を付けるだけで、点数は大きく下がります。
国の「豊かさ」を所得だけで測るのも、測りたいものと測っているものがズレた例といえます。国連開発計画(UNDP)のデータによれば、2023年の一人当たり国民総所得(GNI、購買力平価)は、産油国クウェートが約5万6600ドル、スペインが約4万6000ドルです。所得で見れば、クウェートの方が約2割豊かなことになります。しかし、平均寿命や教育の水準ではスペインが上回っています。「豊かさ」はお金だけでは測れません。
よく出来たレーティングの例
UNDPの人間開発指数(HDI)は、よく考えられたレーティングの代表例です。HDIは所得だけでなく、教育と健康を加えた3つの観点から国の豊かさを測ります。先ほどの2カ国をHDIで比べると、順位は逆転します(=下表)。

優れているのは、観点の選び方だけではありません。3つの点数をひとつにまとめる計算式にも、「こうでなければならない」という理由があります。複数の数字をひとつにまとめる方法としては、単純に平均をとる(算術平均)、掛け算型の平均をとる(幾何平均)など、様々な計算式が考えられます。一体どのような計算式がよいのでしょうか。
HDIは各国の政策に少なからず影響を与える指標です。一種の権力性を帯びており、その計算式は恣意的に決めてよいものではありません。経済学は「望ましい性質を満たす計算式はこれしかない」ということを数学的に証明する技術を長年蓄積してきました。経済学の力を借りると、計算式の恣意性を減らし、「なぜこの式なのか」を外部にも説明できます。
複数の要素を組み合わせるレーティングの工夫
複数の要素を組み合わせるレーティングとして、HDIよりも身近なのが商品の評価です。ドラム式洗濯機を「洗浄力」と「乾燥力」で評価する場合を考えましょう。
洗浄力がどれだけ高くても、乾かなければ服は着られません。また、どんなに乾燥力が高くても、汚れが落ちないなら洗濯機としての評価は下げるべきです。つまり両者の機能は互いに補い合えません。ところが足し算の平均(算術平均)では、高い点数が低い点数を計算上で補いすぎてしまいます。掛け算の平均(幾何平均)を使えば、この「補い合えなさ」を反映できます。例えば、洗浄力は高いが乾燥力がほぼない洗濯機Aと、洗浄力も乾燥力もふつうの洗濯機Bを比べてみましょう(=下表)。

算術平均だと、AもBもどちらも3.0点と同じ評価になります。一方、幾何平均では、乾燥力のないAの総合評価は約2.2点と低めに出て、AとBの性能の差を区別できます。実は、いくつかの望ましい性質を満たす集約方法のうち、「項目同士の補い合えなさ」を尊重する方法は幾何平均のみであることが、経済学の理論によって示されています。HDIが3つの要素「所得」「教育」「健康」を集約する方法として幾何平均を採用しているのも、この理由によるものです。
おわりに
点数が売上を左右するなら、点数を操作したい人が現れるものです。サクラによる高評価や、競合による意図的な低評価がその例です。良いレーティングは、こうした操作に強くなければなりません。
代表的な工夫が、口コミが少ないうちは点数を基準点(例えば同じジャンルの商品の平均点)に寄せる補正です。例えば次のように計算します。
補正後の点数=(口コミ件数×その商品の平均点+m×基準点)÷(口コミ件数+m)
mは、基準点の口コミがあらかじめm件入っているとみなす件数です。基準点を3.5点、m=10としましょう。5点の口コミが3件だけの商品は、(3×5+10×3.5)÷13
で約3.8点となります。平均4.5点の口コミが300件ある商品は、ほぼ4.5点のままです。数件の書き込みでは、点数を大きく動かせません。
ただし、補正は運営者による点数の「操作」でもあります。補正の理屈と手順を外部に説明できる形にしておくことが重要です。実際にEDIが関わった案件では、より高度な手法によって点数操作に対する頑健性を高めたレーティング方式を設計しています。

エコノミクスデザイン・エコノミスト、駒沢大学経済学部准教授。
専門は社会的選択理論メカニズムデザイン。
生産性新聞2026年10月25日号:「経済学×生産性の最先端」第7回掲載分
登場人物の所属・役職は新聞掲載時のものです。

「生産性」という言葉を、ニュースや職場で耳にすることはありませんか?いま社会全体で注目されている一方で、その本当の意味は以外と知れらていません。