5S・業務改善はなぜ利益につながらないのか?~生産性向上の成果を生み出す経営の視点

現場改善は「現場の仕事」?経営者が陥りやすい誤解

企業の経営者や管理職の方々とお話ししていると、こうした声を耳にすることがあります。しかし、これらは現場改善の本質を十分にとらえたものとはいえません。
5Sとは、整理・整頓・清掃・清潔・しつけの頭文字を取ったものであり、改善活動の基本とされています。単なる職場の美化活動と捉えられることもありますが、本来の目的は、業務に潜むムダを取り除き、生産性を高めることにあります。
例えば、必要なものを探す時間を減らす、作業しやすい配置に変更する、職場のルールを標準化するといった取り組みは、一つひとつは小さくても、積み重ねることで大きな成果につながります。
さらに、改善活動には収益力の向上だけでなく、人材育成や組織力の強化という効果もあります。日常業務の中でムダを発見し、自ら改善策を考えて実行する経験は、従業員の問題解決能力を高め、変化に対応できる組織づくりにもつながるからです。
では、なぜ現場改善に取り組んでいるにもかかわらず、十分な収益改善につながらない企業があるのでしょうか。

業務改善を利益につなげるには「戦略」と「マネジメント」が必要

かつての成長期には、現場のムダを削減することが、そのまま企業の成長や収益改善につながりやすい環境がありました。しかし、事業や組織が成熟した現在では、現場の改善活動だけで十分な成果を得ることは難しくなっています。
重要なのは、収益構造の分析、業務改善、マネジメントを一体として進めることです。

<図1>改善を利益につなげる3つの領域

改善を利益につなげる3つの領域(収益構造の分析・現場改善・マネジメント)

出所:筆者作成

例えば、購買部門が材料費の削減を目指し、調達する材料の種類を増やしたとします。材料の購入単価は下がるかもしれませんが、その結果、製造現場では段取り替えが増え、生産性が低下する可能性があります。
実際に、ある企業では、材料の調達方法を見直したことで年間約2億円の購買コストを削減した一方、製造現場では段取り替えの負担が増加するという事態が生じました。
このように、ある部門にとっての改善が、別の部門の負担を増やすことがあります。部門ごとの最適化ではなく、企業全体の収益構造を踏まえて、どこを改善すべきかを見極める必要があります。

もう一つ重要なのが、改善によって生まれた時間をどう活用するかという視点です。
例えば、ある部門で業務改善によって作業時間を20%削減できたとします。しかし、その時間が単に余裕時間となるだけでは、必ずしも企業全体の利益増加にはつながりません。
生まれた時間を人手不足の部門への応援、受注拡大への対応、新たな付加価値を生む業務などに振り向ける。こうした取り組みがあって初めて、改善の成果を経営成果につなげることができます。
つまり、業務時間の削減は現場が中心となって取り組む活動ですが、生まれた時間をどこに再配分するかは、経営者や管理職の役割なのです。

<図2>生まれた時間を再配分して初めて財務効果が生まれる

改善効果を再配分して財務効果を示した図

出所:筆者作成

現場改善で利益向上につなげた企業事例3選

実際に、改善活動を経営成果につなげた企業の事例をご紹介します。

事例① 板金業:設備投資の前に改善余地を見極める

売上高約50億円の板金業では、工場のスペースと人手が不足しており、新工場の建設と自動化設備の導入を検討していました。投資規模は約20億円に上り、多額の借入れが必要となる計画でした。
しかし、現場を確認すると、既存工場にも改善の余地が数多く残されていました。
そこで、設備投資に先立って5Sを中心とした改善活動に取り組みました。その結果、改善開始前には約3,500円だった時間当たり限界利益額が、約3か月後には4,000円を超え、その後4,500円を突破する水準まで向上しました。

<図3>事例①「時間当たり限界利益額の推移(板金業)」

時間当たり限界利益額の推移グラフ(板金業)

注:時間当たり限界利益額=限界利益÷総工数
出所:支援先企業のデータをもとに筆者作成

支援開始から1年目には売上高・営業利益ともに過去最高を記録しました。
最終的には新工場を建設しましたが、当初の計画とは異なる設備投資を行い、より効率的な生産体制を構築することができました。
この事例が示しているのは、設備投資そのものが悪いのではなく、投資判断の前に、既存の経営資源をどこまで有効活用できるかを見極めることが重要だということです。

事例② 事務支援業:小さな改善の積み重ねで年間約2,000時間を削減

売上高約6億円、従業員約30名の事務支援業では、3か月ごとに繁忙期が訪れ、従業員の多くが深夜まで残業する状況が続いていました。
そこで取り組んだのが、従業員一人ひとりが小さな改善を継続する活動です。
一人当たり週1件の改善を目標とし、1年間で全社約1,500件の改善を実施しました。
その結果、売上高や限界利益額はほぼ横ばいであったにもかかわらず、年間総労働時間を約2,000時間削減し、時間当たり限界利益額は約6.9%向上しました。繁忙期にも午後8時頃には退社できるようになりました。

<図4>事例②「改善前後の主要指標(事務支援業)」

改善前後の主要指標(事務支援業)のグラフ。売上・限界利益・総労働時間・時間当たり限界利益

注:2019年度を100とした指数
出所:支援先企業のデータをもとに筆者作成

個々の改善効果は決して大きなものではありません。しかし、小さな改善を継続することで、企業全体では大きな時間を生み出すことができます。
この事例は、改善活動が生産性向上と働き方の改善を両立できることを示しています。

事例③ 金属加工業:部門間の応援体制で生産性を向上

売上高約10億円の金属加工業では、すでに外部コンサルタントによる改善活動を実施しており、現場単位では改善が進んでいました。
そこで、最初の3か月を現状分析に充て、改善余地を検討しました。
着目したのは、改善によって生まれる時間を部門間で有効活用することでした。
具体的には、各部門の業務時間を削減するとともに、余力のある部門から人手を必要とする部門へ応援に入る仕組みを整えました。
その結果、部門間の応援時間が増加し、時間当たり限界利益額は前年平均を100とした場合、131〜134の水準まで向上しました。また、改善開始後約2か月で営業利益率が約20%向上する成果につながりました。

<図5>事例③「部門間の応援時間と時間当たり限界利益額の推移(金属加工業)」

部門間の応援時間と時間当たり限界利益額の推移(金属加工業)を示したグラフ

注:時間当たり限界利益額は前年平均を100とした指数
出所:支援先企業のデータをもとに筆者作成

この事例のポイントは、現場の作業改善に加え、組織全体の人員配置や業務分担を見直したことです。改善によって生み出した時間を、組織全体で有効に活用する仕組みが、収益力の向上につながったといえます。

改善とは「未来の時間」をつくる投資である

企業経営とは、限られた経営資源をどこに、どのように配分するかを決める活動です。その経営資源には、資金だけでなく「時間」も含まれます。
資金については、経営計画や投資計画を策定し、投資対効果を検討する企業が多いでしょう。一方で、従業員の時間については、日々の業務をこなすことが優先され、将来のために時間を生み出すという視点が十分でない場合があります。

<図6>事例③ 経営資源としての「お金」と「時間」

 経営資源としての「お金」と「時間」を示した図

出所:筆者作成

改善活動には、一定の時間が必要です。そのため、「改善に時間を割く余裕がない」と考える企業も少なくありません。
しかし、改善活動に時間を使わなければ、非効率な業務がそのまま残り、将来も同じ時間を費やし続けることになります。

改善とは、今の時間を使って、未来の時間をつくる投資なのです。

人手不足が深刻化する中、必要な人材を増やすことだけでなく、現在の人員でより多くの付加価値を生み出す仕組みをつくることが重要になっています。
そのためには、現場任せの改善活動から脱却し、経営者や管理職が主体的に関与する必要があります。
どの業務を改善するのか。どの程度の時間を生み出すのか。そして、生まれた時間を何に使うのか。
こうした問いに経営者や管理職が向き合うことが、改善を企業の成長につなげる第一歩となります。

生産性向上の第一歩は自社の改善余地を把握すること

改善活動を始めるに当たっては、自社の現場にどのようなムダが存在するのかを客観的に把握することが重要です。
しかし、日常的に同じ職場で仕事をしていると、非効率な作業や配置が当たり前となり、改善余地に気づきにくいものです。
まずは自社の現状を把握し、改善すべき課題を明らかにすることが、生産性向上に向けた第一歩となります。
業務改善は、単なるコスト削減活動ではありません。限られた人材と時間を有効に活用し、企業の収益力と組織力を高める経営活動です。現場で生み出した時間を、経営としてどのように活用するか。その視点を持つことが、これからの生産性向上には欠かせないのではないでしょうか。

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