LTVで営業リストを作り効果も検証
本連載の第6回では、リース会社などBtoBサービス企業の事例として、顧客生涯価値(LTV)に基づいて「営業すべき顧客リスト」を作り、営業を最適化する取り組みと、その効果の検証方法を紹介します。
売上ではなく「生涯利益」で顧客を見る
日本企業の営業の投資対効果は海外に比べて低いという調査があり、一因は評価の物差しにあります。BtoBの営業は今も、売上や当期の利益で評価されがちです。売上で評価すれば、値引きしてでも大口を取りにいき、取った後の維持には関心が向きません。当期の利益で評価しても、取引が翌期以降に続くかは考慮されません。さらに獲得だけを評価すると、獲得後に損失を生むと分かっている顧客でも取りにいく誘惑が営業に生じます。実際、海外の金融機関を対象にした研究では、維持の成果を評価に組み込むと新規案件の収益率が上がることが示されています。そこで基準にすべきなのが顧客生涯価値(LTV)です。LTVは、獲得に掛かる費用を差し引いたうえで、その顧客から将来得られる利益に取引が続く確率を掛け、現在価値に割り引いて合計したものです。
LTVで見ると、大口ほど良い顧客とは限りません。例えば、収益規模が中堅の3倍の大手顧客でも、対応コストが2倍、競合に奪われる離脱率が3倍であれば、LTVは中堅顧客の3分の1程度になります。離脱率は毎年掛け算で効くため、長く続く顧客の価値は規模の差を簡単に逆転するのです。リースやクラウドのように継続取引が前提のBtoBでは、この視点が特に重要になります。
LTVの高い顧客はどこが違うか
LTVを分解すると、良い顧客の条件は、①取引が長く続く、②対応の工数が小さい、③値引きが少なく実現価格が高い、の3つに整理できます。あるBtoB企業で業務時間の記録と粗利を突き合わせたところ、工数を掛けている割に利益が出ない顧客群があり、追加の工数が将来の受注につながる顧客とつながらない顧客に分かれることが分かりました(=図)。同じ1時間でも、掛ける相手によって価値が違うのです。この会社では、利益の割に工数が多い顧客の業務を見直すとともに、利益の高い顧客に似た企業の新規開拓へ力点を移しました。

実現価格には顧客側の事情も表れます。例えばジョブローテーションが頻繁な金融機関などでは、調達側に設備や契約の目利きが育ちにくく値引き交渉が起こりにくいため、提示に近い価格で受け入れやすい傾向がありました。こうした顧客は一件当たりの利益が高く、LTVも高くなります。したがって、LTVが高いと見込める顧客にはコストを掛けてでも新規獲得に動くべきで、値引きしなければ取れず、取れてもすぐ離脱する「値引き目当て」の顧客は無理に追う必要はありません。既存顧客については、維持の費用は新規獲得の費用よりはるかに小さく、既に満足している顧客が残るうえ切り替えには相手にも手間が掛かるため離脱率も新規より低くなります。だからこそ、離脱リスクがあってもLTVが高い既存顧客には維持のコストを厚く配分すべきなのです。
リース会社での「営業すべきリスト」づくり
筆者らがエコノミクスデザイン社の案件として支援しているのが、ある大手リース会社の取り組みです。リース契約は情報通信機器や産業機械、工作機械といった設備に紐づき、リースや割賦など取引の種類も多様です。そこで数十万件規模の契約データに、取引の種類や対象設備、契約期間、利益に加え、業種・資本金・社齢・直近の財務指標といった企業情報を接続し、3つの統計モデルを構築しました。契約がどれだけ続くかの生存時間モデル、契約がどれだけ利益を生むかのモデル、そして、どの企業でどの種類の契約が新たに発生するかの予測モデルで、これは高い精度で当てられることを確認しました。契約と企業の二階層で推定する階層ベイズという手法を使うため、取引実績のない新規先や、かつて取引があったが途絶えた休眠先でも、企業情報だけからLTVを見積もれます。LTVは契約単位で見積もったうえで企業単位に束ねるため、同じ会社の複数の契約もまとめて評価できます。
これにより、新規先や休眠先はLTVの高い順の営業リストとして優先順位を付け、既存顧客はLTVの高低に応じて担当者の時間配分や価格方針を変えられます。さらにLTVの予測値と実績の差を見れば、実績が予測を下回る顧客は伸ばす余地のある先、上回る顧客は成功要因を学ぶべき先として、次の打ち手につながります。

データとリストの価値をROIで確かめる
リストの価値は、現場がどれだけ従い、受注がいくら増えたかで測ります。別のBtoBサービス企業で、過去の受注データから優先スコア付きの架電リストを作成したところ、スコアが高くても架電しない「非遵守」が現場に残りました。企業規模の大きさや、過去に取れた・取れなかったという経験が優先されるためです。従った先はもともと受注しやすい先に偏るため、従った・従わないの単純比較では効果を測れません。そこで計量経済学の因果推論を使い、リストに従った場合の受注の上乗せを推定し、リスト作成とデータ整備への投資の回収見込み(ROI)として経営層に示しました。効果が金額で示されれば、現場がリストに従う理由にもなり、遵守率も上がります。
営業DXで何をデータ化するか
営業DXというと日報のデジタル化が語られがちですが、どんなデータが重要で、何を変数にすればよいのかが分からないままでは、無駄にデータを集めるだけになります。実は営業については、コストが莫大なだけに膨大な研究が存在し、どんな情報を取得すべきかは分かっています。重要なのは、失注の記録、見積と最終的な成約価格の差、顧客別の工数、取引の継続といった、LTVの計算に直結する情報です。誰に売るかを生涯利益で決める仕組みは、リースに限らず、保守サービスやクラウド、運送など継続取引のあるBtoBサービス全般に応用できます。広告販促と営業を同じLTVという物差しで管理すれば、獲得・維持・再獲得への資源配分も一貫します。値引きで売上を追うのではなく生涯利益で顧客を選ぶことに、BtoB営業の生産性向上の大きな余地があります。

慶應義塾大学経済学部教授。専門はデータサイエンス、行動経済学、計量マーケティング。

コンサルティング企業を経て、現在、慶應義塾大学経済学部助教(有期)。専門は因果推論、計量経済学、マーケティングサイエンス。
生産性新聞2026年9月25日号:「経済学×生産性の最前線」第6回掲載分
登場人物の所属・役職は新聞掲載時のものです。

「生産性」という言葉を、ニュースや職場で耳にすることはありませんか?いま社会全体で注目されている一方で、その本当の意味は以外と知れらていません。