【経済学×生産性の最前線】第4回:既存商品の価格改定こそ科学的方法で

競合売り上げまで織り込むFMCG価格シュミレーション

本連載の第4回では、FMCG(日用消費財)メーカーによる既存商品の価格変更に競合の価格動向を考慮するなど、経済学の知見を活用した事例を紹介する。

競合の動向も考慮して価格を決める重要性

原材料費、物流費、人件費が上がるなか、メーカーにとって値上げは避けて通れない課題になっています。とはいえ、価格を数%上げれば利益が増える、と単純に考えることはできません。値上げで販売数量が落ちるかもしれません。小売店での棚の位置が変わるかもしれません。さらにFMCGのように競合商品が多い市場では、競合が先に値上げしたときに自社も追随するのか、あえて価格を据え置くのかという判断も必要になります。

今回紹介するのは、あるFMCGメーカーで行った、既存商品の価格変更プロジェクトです。新商品は販売実績がないため、支払意思額の調査や普及モデルで需要を推定します。 一方で既存商品には、POS、価格、容量、業態、地域、季節性、販促、競合の動きといった実績データがあります。分析設計が適切であれば、こうしたデータから、実績との誤差が1.3%程度に収まるような精緻な予測も可能になります。既存商品には、すでに市場が残してくれた学習材料があるのです。

もちろん、価格改定で知りたいのは来月の売上だけではありません。どのブランドを、いつ、何%上げると、年間の売上金額、販売容量、利益がどう変わるのか。値上げ直後の落ち込みはいつ戻るのか。生産計画や棚割りにどの程度影響するのか。実務では、これらを同時に見ながら意思決定する必要があります。

価格への反応を理解するには経済学の知見が必要

もっとも、データが多ければ自動的に正しい答えが出るわけではありません。この案件でも、当初はデータサイエンティストに需要予測を依頼したようです。しかし、価格改定の意思決定に使える結果にはなりませんでした。理由は、過去の売上をよく当てることと、「価格を変えたら需要がどう動くか」を正しく答えることが、同じ問題ではないからです。価格は企業が意思を持って変える変数であり、単なる予測対象ではなく、介入の効果を読む対象です。

たとえば、全店舗の平均単価と販売数量だけで価格弾力性(価格感度)を計算すると、誤った結論に到達しやすくなります。高所得地域の店舗では価格が高くても売れますし、大型店と小型店では客層も棚の広さも違います。極端な例で言えば、所得が高い地域の価格が高めの価格になっていてしかも売れる、となると本来は同じ店舗では「価格が上がると数量が下がる」という関係があっても、全体で集計すると逆に「高いほど売れる」ように見えることがあります。これが集計バイアスです。

もう一つ重要なのが内生性です。自社商品を値上げした月に競合も値上げしていた場合、自社の数量が落ちなかったとしても、消費者が自社の値上げを受け入れたとは限りません。競合の値上げにより、自社へ需要が流入しただけかもしれません。近年は消費者物価指数、賃金、家計支出などのマクロ環境も大きく動いています。同じカテゴリーや関連カテゴリーで他の商品がインフレしていることも、需要の見え方を変えます。これらを除かずに価格効果を読むと、値上げの影響を過小評価したり、逆方向に読んだりする危険があります。

競合価格も考慮した価格設定のための高精度なシミュレーションツールの完成

そこで本プロジェクトでは、株式会社インテージと協業し、小売店パネルなどの高粒度データを活用しました。店舗別・日次の販売実績、単位価格、競合価格、広告接触、気象、消費者物価指数や家計調査などのマクロ変数を組み合わせ、計量経済学の考え方で需要モデルを構築しました。店舗ごとの違いは固定効果として扱い、季節性やマクロ環境、広告、競合価格、自社の他商品の価格変更も同時に考慮します。FMCGでは容量変更による実質値上げも起こるため、サブブランドだけでなく容量区分の違いも考慮しました。

このようにして、自社商品の価格弾力性だけでなく、競合商品の価格変更が自社需要に与える交差弾力性も推定します。ここに経済学の知が役に立ちます。価格改定は、自社だけで完結する問題ではありません。競合が5%値上げしたとき、自社が据え置けば短期的にシェアを取りやすいかもしれません。しかし、自社も一定程度追随した方が、数量減を抑えながら利益を伸ばせる可能性もあります。反対に、自社だけが値上げすれば競合へ流出するかもしれません。これは、相手の行動を見ながら自社の最適反応を考える、まさにゲーム論的な状況です。

そのため、分析結果はレポートで終わらせず、価格シミュレーターとして実装しました。自社価格、競合価格、値上げ時期、原価を入力すると、ベースライン比や前年比で、売上金額、売上容量、利益額の月次推移を比較できます。競合追随、自社据え置き、利益最大、売上維持など複数のシナリオを同じ画面で比べられるため、会議では「経験」や「感覚」ではなく、シナリオに基づいて議論できます。価格を1つ決めるたびに追加分析を依頼するのではなく、現場が自ら仮説を置き、すぐに結果を確認できる点も重要です。

図表1では、この流れを価格シミュレーターとして示しました。左側に自社価格、競合価格、実施月、原価を入力し、中央でPOS、マクロ環境、競合価格、季節性などを統合した経済学モデルに通し、右側で売上金額、売上容量、利益額の推移を比較します。営業、マーケティング、生産、財務が同じ前提で価格変更を議論できます。

すでにFMCGメーカー以外にも、金融の料率設定、店舗型サービス業、ネットサービスにも展開中です。貴社の競合はすでに使って貴社の価格変更を考慮したうえでより一歩先の思考をしているかもしれません。

価格設定は、単なる販売施策ではありません。研究開発、広告投資、流通交渉、生産計画の原資を左右する経営判断です。既存商品には、市場で実際に起きた豊富なデータがあります。そのデータを再現性のある学知の下で整理すれば、値上げへの不安は、検証可能なシナリオに変えられます。価格改定こそ、経済学知によって企業の生産性を高められる領域なのです。

生産性新聞2026年7月25日号:「経済学×生産性の最前線」第4回掲載分
 登場人物の所属・役職は新聞掲載時のものです。

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